2015年07月01日

絆創膏をはがすんだ

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育児をしていて

気づいたこと

父親、母親のベースになっている

自分自身

自分個人

の犠牲ということ

父である前に

母である前に

僕らは

アラキユウスケとアイウラユウコ

その部分でどんどん愛しい我が子を受け入れてきたと思います

何もかもわが子の為

何もかもわが子をみてくれる夫のため

何もかもわが子をみてくれる妻のため

それは気づかぬうちに呪文のように僕たちを束縛していたようです

「これは言っちゃいけない」

「これはやってはいけない」

「これは我慢しなくちゃいけない」

「これは相方のため・・」

それによって小さな無数の傷がこころに増えていったようです

それをまた絆創膏をはって

耐えて、我慢して・・

行き着く先は「マヒ」でした

何が我慢で、どこに傷があるのかもわからず

我が子や相方の前では笑うのが当たり前

愛して当たり前

やって当たり前

できて当たり前

でもね、でも・・

そんな単純やないんです

絶対、無理がでる

いつかマヒに気づく

そして1歳の誕生日を節目に僕たちは気づき始めました

自分たちの絆創膏をはがして、どこに、どんな傷があるのか

みせなくちゃいけないって

梅雨の悪天候も重なって2人ともダウン

余裕でやってることも

家族のためと思ってやってたことも

お互い

つらかったんや、悲しかったんや、我慢してたんや

次から次へと絆創膏がでてきてはがしていきました

マヒしてるのでどこに貼ってあるのかもわかりません

2人でワーワー泣きながら引き出していきました

子供に気を使う以上に

お互いに気を使っていたようです

やさしすぎて、やさしすぎて

悲しくて、悲しくて

そして話しきるとどっと疲れて眠るのです

夜泣きがきて

また朝をむかえ

仕事にいき

帰り

また話すのです

そこに田植えと畑もありました

僕らは激動の1週間を過ごしていました

4月のブログに

「まずは自分自身がしあわせに・・」

と書いたのですが

僕自身もできていませんでした

夫婦の距離、子供との距離

父性・母性と自分個人の距離

適切な位置を取りたいと話し合いました

きっとこれらは子供がいなくても

僕らの課題だったのでしょう

息子を通して

大きな転換期となりました

傷は絆創膏ではなく見せて治す

とても大事な作業です

そこでお互いの気持ちをちゃんと言葉で伝え合う

子をとおして気づきました

子供ってすごい

ありがとう、悠歩・・


先日、京都にいきました

押し殺していた個人の気持ちを正直に表に出して

動きました

相方はとても幸せそうでした

欲しいものを買い、食べたいものをたべ

しっかり僕に新し話をしてくれました

個人がまた動き始めました

まずは自分自身が幸せに・・

そう、そうなんですよ、やっぱり・・。

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posted by soulive9 at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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